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ナンバリングが5だってことはこの前に4つあるってことなんですよねー。


今から10年ほど前の話。
ひよこ、出番なし。
ひよこが主役の話もあるんだけどね。

それにしても、実際のエディタ画面とブログの画面表示の文字数が違ってしまうのはどうにかならないもんか。

行間が詰まりすぎてるんだよね……。


.



 その日、少女はいつものように家を抜け出していた。
 ファルコンスピリットのぬいぐるみをお供に、街中を歩き回る。
 近道として見つけた、細い路地裏を通り抜けようとした時――それに、出会った。

 頭上で、ガラスの割れる音がした。
 上を見上げた少女が異変を確認するよりも早く、だんっ、と音を立てて、目の前に一人の男が飛び降りてくる。
 おそらくガラス窓を突き破って飛び降りてきたのだろう。黒ずくめの男の周囲に、無数のガラス片が飛び散っている。
 しかしそれよりも少女の目を引いたのは、他にあった。
 「……何をしているのですか?」
 臆することなく、少女は男に話しかける。四つん這いで這い蹲っていた男が、その声に反応して立ち上がった。
 ガラスで切った傷もあるのだろうが、男は全身血まみれだった。
 ひゅうひゅうと口から漏れる息は細く、顔は青ざめている割に、漆黒の双眸だけがぎらつく光を放っている。
 その血が男の流したものではない、と気づいた瞬間、本能的に少女は一歩背後へ下がる。
 今、この男に背中を向けるのは危険だと感じた。
 少女が下がるのを見て、ゆらり、と男も距離を詰めるように、前に足を踏み出――そうとした。
 「はい、そこまで」
 再び頭上から、出し抜けに陽気な声。少女の気が一瞬逸れた隙に、男が動いた。
 ぎぃん!
 目の前で耳障りな音。
 少女が思わず閉じた目をゆっくり開くと、男の服の袖から飛び出した銀色に光る刃と、もう一人の男が持つ、鈍色に輝く太刀とが激しく鬩ぎ合っていた。
 しばしの気の吐き合いの後、刃は太刀に弾き返される。乱入者は男の膝を蹴って転がすと、その頭の上に襤褸布を投げる。
 音もなく着地し、不意の剣戟を止めた男は、金の色の髪をしていた。
 「上は全部片付いたよ、《銀》…今回の目標は一体だけだって言ったはずだけど?」
 「……」
 《銀》と呼ばれた男が起き上がり、もそもそと襤褸布を被り出したのを見やると、金髪の男も太刀を鞘に納める。
 二人に背を向けて、よろよろと《銀》は路地裏の奥へ歩き出す。その後姿を見送る少女に、男は声をかけた。
 少女にとっても馴染みのある太刀を腰に佩いた男の瞳は、路地裏から見上げた隙間のような、青い空の色。
 ――自分と同じだ。
 「――ごめんね。あの人、最近ちょっと荒れててさ」
 そんなことを、悪びれもなく笑いながら言う。荒れてるどころの状態ではないように見えたが、ひとまず突っ込みはいれずにおく。
 「お嬢さん、怪我はない?」
 返り血すら浴びてはいないものの、先ほどの《銀》より濃厚な血の匂いを纏わりつかせたまま、男は楽しげに問いかける。
 「ん、どこの子かな。……迷子? それとも散歩中?」
 素直に散歩中だったと答えると、今までよく無事だったね、と僅かに驚かれる。
 「この辺りは、人が行方不明になる事件が続発していたんだけど。知ってるかい?」
 ふるふる、と首を振る。しょっちゅう抜け出して出歩いているものの、それで市井の情報に詳しくなるわけでもない。
 「……自衛は出来ます」
 ぬいぐるみを抱きしめ、少女は言い返す。実際それなりに武芸の修行を積んでいる彼女にとっては、並みの相手であれば引けを取らない自信はあった。
 「まあ、でも行方不明に関してはもう大丈夫だよ。たった今片付いたからね」
 「あなたは……、エンドブレイカー?」
 「ん?」
 少女はぽつりと、先ほどから疑問に思っていた言葉を口に出す。のたうつ棘の残滓が、男の腕に、足に絡み付いていた。
 その視線に気がつくと、あぁ、と男は呟いて、その手で棘を払い落とす。
 「なんとなく思ってたけど、君にも見えるんだね」
 地に落ちたそれを、革靴で踏み躙りながら男は笑う。
 「なら話は早い。――そういう事。今日のことは秘密だよ?」
 胸ポケットから白い紙片を取り出し、少女に渡す。どこかへと続く地図が書かれていた。
 「この街でのオレの隠れ家。いつか他の都市に出たくなった時は、いつでもここを尋ねるといい」
 ――オレはいないだろうけど、他の街でのオレの隠れ家と、そこへ至る道の地図がある。
 「力になるかどうかはオレの気分次第だけど、――外の世界を見たかったら、いつでもおいで」
 良かったらそのとき、オレ好みの美人になっていてくれると嬉しいな、という呟きは無視して、紙片を受け取る。
 「……気が向けば。考えておきます」
 果たしてその返答は、どれに対して向けられたものだったのか。
 少女の答えを受け、男は楽しそうに声を上げて笑った。
 「それは楽しみだ。……まあ、期待はしないで気長に待つとするよ」
 不意に《銀》が消えた方向から大きな物音がした。二人は顔を見合わせ――男のほうが、軽く肩をすくめる。
 「…構って欲しいみたいだね」
 そうなのか。
 「早く行ってあげたらどうですか」
 「そうだね、そうするよ」
 なんでもないような調子で男は答える。
 「それじゃあね、お嬢さん。また今度、ね?」
 正直、この男からはとんでもないトラブルの匂いがしたが、少女はそれを指摘しない。
 ただ黙って、頷いて見せた。男の笑みがさらに深くなる。散歩でもするような足取りで、彼も路地裏の奥に消えた。
 それを見届けた少女は、ふと頭上が騒がしくなってきた事に気がつく。
 おそらくは仮面持ちの遺体が、誰かに発見されたのだろう。
 あの二人組が、マスカレイドと呼ばれる仮面を宿した異形を倒してきたのだということは、容易に想像がつく。
 厄介ごとに巻き込まれる前にと、少女も早足でその場を立ち去る。
 屋敷に戻り、どこに行っていたのかと泣きつく護衛を振り切り、自室に駆け込む。
 受け取った紙片は適当な本の間に挟まれたまま、いつしか居場所を忘れられた。
 

 だが実のところ、あの二人に出会ってしまった時点でとっくに「厄介ごとに巻き込まれていた」のだと少女が気づくまで、このあと10年ほどを要するのだった。
 

 

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