「こいつはメス、こいつもメス…」
おれの目の前で、箱の中に入ったひよこを選別してるのは、キャラバンの中でも一番の古株のハンスじいちゃんだ。
本来の座長であるおっちゃんからの信頼も厚く、おれがサボった分の仕事を黙々とこなしてくれるいい人。
「ああ、こいつはオスや」
そう言って、ハンスじいちゃんはオスのひよこをおれに投げ渡してくる。
「坊、その雛はお前さんに預ける。愛情こめて育てるんやで」
「ぴよぴよー」
「アホ。人の話聞いとんのか」
「聞いてるよー。育ててやればいいんだろ?」
おれの手の中でぷるぷる震えていたひよこは、腹が減ってるのか人の指先を啄ばむ。
「猫とか烏に気ぃつけや。大きくなったら、潰して食わしたる」
頭の上に乗せて遊んでいたら、不意にじいちゃんはそんなことを言う。
「潰すって、食べちゃうの?」
「潰して食うて言うたやろ、さっき」
アホが、と口癖を繰り返しながら、じいちゃんは作業に戻ってしまった。
「うーん……」
ひよこはおれの頭の上が気に入ったのか、頭上でなにやらもぞもぞと動いている。
木樽に座って食パンをかじりながら、おれはさっきじいちゃんが言っていたことを考えていた。
でも、やっぱりよくわかんない。
「んー……」
……とりあえず、名前だけでも付けてやろっかなあ。
「はあ?僕の言うたことの意味がわからんて…そんなんで、わざわざ来たんかい」
晩飯の後。
やっぱり気になってじいちゃんの元を訪れたおれに、じいちゃんはおもいっきり呆れたような顔をした。
「おっちゃんとこから酒持ってきた」
「よし。なら聞こか」
……どうしてこのキャラバンの人間は、酒に弱いんだろ。揃いも揃って。
「えっと。なんで食べちゃうのに、わざわざ可愛がったりするの?」
じいちゃんはおれの頭の上のひよこに一瞬目をやり、それからおれを見て、またため息をついた。
「ああ。坊はそやったなぁ」
「えー。なにが?」
「ええか、よく聞けよ、坊」
じいちゃんは真剣な顔で、おれに顔を近づけた。
「愛情込めて育てることで、それに応えておいしく健康に育つ。毎日声かけて、可愛がってやり」
「そうなの?」
「味の違いなんて僕にもようわからん。ただの商人さんの受け売りやし、正直お飯食えるだけで僕は幸せや」
それには、おれも深く頷く。頭上でひよこがぴよぴよと寝言を言った。
「せやけど、ただ殺されるときをじっと待つより、目一杯楽しんでから食べられるために殺されるほうが、きっと何ぼかマシやで?」
「――そう、かな」
なんとなく自分の状況とだぶって見えたのは、気のせい、だと思う。ちょっと早くなった鼓動を抑えながら、おれはじいちゃんの目を見る。
「なあに、坊もそのうち大きくなったらわかるやろ。今はただ、楽しんで生きとったらよろしい」
おれの持ってきた酒をちびちびと舐めて、じいちゃんは幸せそうに目を細める。
「命の大切さを知る、ええ機会や。座長もなかなか粋なことするやないの」
「……そうかなあ」
それについては、あのおっちゃんが本気でそこまで考えてるのかな、と思わないでもない。
「ほら、坊もそろそろ行き。僕ももう寝る時間や」
「うーん……」
ぺっぺと片手でテントから追い出されて、おれも素直に自分のテントに戻った。
あっれー、と言いながら自分の荷物を探っているおっちゃんがいる。おれはその背中に声をかけた。
「おっちゃん。鳥って可愛がって育てたら美味しくなるってほんと?」
「え? ああなんかよくわかんねえけど、食肉問屋がそう言ってたからな。実際どうなんだかなあ」
おれの質問より、今は探し物のほうが重要らしい。それでもおっちゃんは、言葉を続けた。
「食われる側の都合じゃなくて、食う側の都合だしな、得てしてそういうのは。――なあナハト、俺の酒、知らねえ?」
「……し、知らない」
「おかしいなあ……間違って飲み干しちまったんだったかなぁ」
おれがそれを持ち出したのには気付いてないようだけど、なんだか非常に居心地が悪い。
眠いふりをして、おれはそのまま寝てしまうことにした。
掌の中の小さないのち。潰さないように気をつけながら、おれはそっと目を閉じた。
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